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院長のご紹介

代表・鍼灸師
佐藤 聡 (さとう さとる)

資格・所属団体:
はり師
きゅう師
あん摩マッサージ指圧師
東洋はり医学会 本部会員 研究部(病症班) 新潟中央支部所属

出身地:新潟県新発田市

出身学校:新潟盲学校卒

経絡治療家になるきっかけ

私は、生まれつきの弱視です。現在は以前よりもさらに視力が弱くなりましたが、それでも0.1しか見えませんでした。

学校は普通の学校に通っておりました。学校を出てからは視力の関係で職業には就けませんでした。

ハローワークで、弱視の方でも手につける職業があるということで、盲学校へ進学しました。この時は、はりきゅうというのは、腕の上手い人がやれることだし、裁縫の針に糸も通すことができないのが出来るわけがない。はりって痛いし、自分には向いていない。と決めつけて、マッサージだけ頑張ろうと学校生活を送っていました。

当時、学校に月一回、経絡治療を教えに来ている先生がいました。どんな治療をするんだろう、という興味本位で見学させてもらいましたが、当時の私には全く何をやっているのかは分からなかったです。

学校を卒業してから、整形外科に勤務していましたが、色々な勉強会には出たいと思っていて、ある勉強会に参加した時でした。ちょうど以前から腰痛があり、その勉強会に参加していた先生に治療をしてもらったのですが、その場で腰痛の痛みがほとんど感じなくなり、はりの効果に感動し、そのやり方をお聞きしたら、私が現在所属している「東洋はり医学会」という所で勉強しなさい、と教えられました。

そして「東洋はり医学会」に所属すると同時に、経絡治療を行っている治療院へ転職しました。新潟という田舎都市ですが、もっと経絡治療を勉強したいと思い、東洋はり医学会の本部会員として、現在も月1回本部(東京)へ通っております。

経絡治療の素晴らしさをもっと伝えたい、たくさんの方々のお悩みを解決していきたい!と思っております。

「癒絡堂」の由来

『癒絡堂(ゆうらくどう)』の「癒」は、書きにくいですし、読みにくいです。しかし、いやすとか、病気が治るという意味です。私は「癒」を「自然治癒力」の「癒」と思っています。「絡」は、つながるという意味です。

「癒」と「絡」、つまり「自然治癒力とつながる」という意味で、「癒絡堂(ゆうらくどう)」にしました。

健康な状態の時は、自然治癒力と手をつなぎ、良好な関係ですが、自然治癒力が弱まっていくと、手から離れて行ってしまいます。『癒絡堂』には、「その自然治癒力とまた手をつないで健康な状態になっていただきたい。そのお手伝いをさせていただきます」という願いが込められています。

そしてマークは「癒」の文字を元に作りました。にっこり笑ったメガネの私の顔なんですよ。

佐藤聡:バンダイセンターの創設者を知る

佐藤聡は、総合クリニック「バンダイ鍼灸センター」の所長兼創設者です。彼は伝統医学への愛情と現代世界でそれが今日どのように扱われるべきかからこの場所を建てました。クリニックのスタッフは、彼の仕事への献身とクリニックの改善を尊重し、賞賛しています。 

佐藤聡について知っておきたいことがいくつかあります。

  • 鍼灸
  • あんまマッサージ指圧市
  • 出身地:新潟県新発田市
  • 卒業生:新潟盲学校

バンダイクリニック所長のさんからのメッセージ

佐藤聡弱視で生まれました。 「怠惰な目」を引き起こします。年をとった今、視力は以前よりもさらに弱くなっています。彼の目は現在、すでに法的に盲目であると見なすことができる0.1の視力しか見ることができません。 

彼の初期の頃、彼は普通の子供のように学校に行きました。彼は彼の状態にもかかわらず友人と社会生活を持っていました。彼が大学に入学するとすぐに状態が悪化し、彼は視覚障害者のための学校に入学した。 

彼は卒業後すぐにハローワークで得るかもしれない仕事の機会のためにその学校に行きました。佐藤は自分自身を鍼灸とホリスティック医学で働く人を意味するハリキュウと考えていました。それは彼に強制された運命であると彼が感じたので、これは最初は彼の夢ではありませんでした。 

当時、経絡療法を教えるために月に一度学校に来る先生がいました。この先生は佐藤のこの分野への興味をそそり、彼をさらに一生懸命勉強させた。大学時代、彼は自分が何をしているのかわからなかったので、自分と自分の状態に合った仕事を見つけるために一生懸命働きました。 

学校を卒業した後、彼は整形外科で働きました。これは彼がやりたかった分野ではありませんでしたが、彼にスキルと経験を与えたのは仕事でした。彼は伝統医学に関するセミナーや勉強会に出席し、そこで素晴らしい先生に会いました。佐藤さんは長い間腰痛があり、その中のひとつで先生の治療を受けました。 

先生が授業のデモンストレーションをしている間、彼は長年苦しんでいた佐藤の腰痛を治療していました。その後、腰の痛みが和らぎ、治療法に感動しました。彼は先生に治療がどのように行われたかを示すように頼み、オリエンタルペイン医学会で勉強するように言われました。これまで、佐藤はまだグループに所属しています。 

その経験の後、彼は経絡療法を提供する治療センターでの仕事に応募しました。これは彼にフィールドで輝き、最終的にこれらの種類の治療を専門とする彼自身のホリスティッククリニックを構築する機会を与えました。

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